かつてダルエスサムールの大きなバオバブの木の下で
彼らは 絵を描き 売っていたという。
ティンガティンガ絵画は 1960年代に アフリカ、タンザニアの
ダルエスサラームの建築現場で働いていた エドワルド・ティンガ
ティンガが 60X60cmのマゾニット(建築用壁板)に 動物や
植物をモチーフに 思いつくままに エナメルペンで描き始めた。
それは 遠近感のないプリミティヴで土の味のするような絵だった。
ティンガティンガの死後、弟のムパタが受け継いで描き始めた。
そのムパタの死後は 妻のエリザ、そして弟子たちと 連綿と
続いているらしい。そういうものであるとは知らず、私はただ
ムパタの絵に出合った。
原色と野生の動物!ポップアートだ。
血沸き肉踊る・・というのか 躍動感があり こんなに楽しい絵を
描いてもいいのだ!という解放感があった。
描くことが楽しい絵は 見ていると嬉しくなる。
お行儀良く畏まって見るのではなく 極端に言えば 絵の前で
踊ったっていいじゃない・・という感じ。まさか!私は踊れなかったけど。
たとえば 展覧会で静かに見て回るのではなく そこにアフリカの音が
あってもよかったと思う。
その後、現代美術を知ったけれど 1985年にはまだ従来の絵しか
知らなかった。
サイモン・ジョージ・ムパタは 1984年に行方不明になり 後日
死亡が確認されたという。たぶん誰も知らない何処かで野垂れ死に
という理想的な(私にとっての)最期だったのだろう。
猫も象も 動物は人の知らないところに行くと聞いている。
ムパタは 野生の人だ、きっと。
1979年に バオバブの木の下で ムパタの絵を買って帰った
ドイツ人によって 西ベルリン(当時)で 自分の知らないうちに
東アフリカの代表作家として デビューしてしまったムパタは
絵が一人歩きしてしまったようだけど 私は ムパタはムパタ自身の
まま 死んでいったのだと 思っている。。
自然発生的に現れて 家族経営のように伝えられてきた画風は
だんだんと洗練されてきたようで 今のティンガティンガ絵画には
ムパタの絵のような 楽しさは感じられない。