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カテゴリ:言葉( 42 )
アカンタレ
あかんたれ・・・とひらがなで書くと更にへな~となるので カタカナで書いてみたら何だか外国語のような・・・串本弁で「意気地なし」とか「弱虫」のことを「あかんたれ」と言う。
まさに私のことだな。アカンタレーナビッチかな。まるで意味はない。
夏痩せという訳ではないと思うが 痩せた。とうとう43キロをきってしまった。
へなへなする・・・というのがぴったりの 風に吹かれて揺れている。夏の暑さも骨身にこたえた。
秋風が吹き始めたら 虫の音を聴きながら 片隅で静かに息をしていよう。
アカンタレーな私は全くアッカンベーだわね。

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by paopaoy | 2018-09-11 21:07 | 言葉 | Comments(2)
ダーヨー
何か書かねば・・・と思えども 何も出てこない。もう空っぽだ。うつろだ。
「だーよー」ひらがなで書くとださいわね。
これは 串本の方言で同意の相づち「そうなんですよ」
「そだねー」と似てるかな?でもやっぱり「だーよー」は今は古語かな。

「ダーヨー」とカタカナで書くと「ヨーダ」のようで ちょっとカッコイイ?
そうそう 何で「ダーヨー」が出てきたのかと言えば 自分が空っぽであることを自分で同意して「だーよー」と言ったのだ。
ダサい私は「だーよー」である。




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by paopaoy | 2018-05-28 20:03 | 言葉 | Comments(0)
acaba こ
2015年8月16日に「アカバコ」って何?と書いていた。あれから2年5か月ずっと謎のままだった。ところが先日思いがけなく「アカバ」の意味がわかった。それは宮本輝の小説のタイトルの中にあった。「ここに地終わり 海始まる」
上下二巻のこの小説は随分前に一度読んでいたのだけれど 昨年9月に二男と会った時に「外国でどこか行きたい国があるか?」と聞かれた時「ポルトガル」と答えたが 自分でもなんでやろ?と思った時に「ここに地終わり 海始まる」の舞台であるロカ岬を見たいと思っていたのだと気づいたのだった。それからもう一度この小説を読んでみようと手に取ったのが今年の初めだった。連れ合いの本棚の中にあったのだ。灯台下暗しだな。
 
ーonde a terra se acaba e o mar comecaー 
 オンデ ア テラ セ アカバ エ オ マール コメサ

今まではポルトガル語の綴りがわからなかったから調べようもなかったけれど 小説の中に書いてあったから ネットのポルトガル語の辞書で調べた。
acabaは「終了」だった。comecaは「開始」そしてterraは地球 marは海。続けてみたら「土地終了して海が開始されます」と出て 「えらい事務的やなあ」と言ったら 連れ合いが「だから文学的に翻訳してるやろ」と言うので なるほどと納得したのだった。

そしたら「コ」は何だろう?未だわからない。ロバータ・フラックの「やさしく歌って」をボサノバで歌った「Em sua voz」の中に出てきた言葉なので これからは「コ」を探そう。

ここに地終わり 海始まる  
たとえポルトガルに行けなくても 樫野崎に行ったらほぼ同じような景色だと思う。断崖絶壁に立つ灯台と海がそこにはある。私の原風景だ。

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by paopaoy | 2018-01-12 21:31 | 言葉 | Comments(0)
カイダルイ
「オイヨー カイダルイヨー」なのである。風が吹かなければ潮岬も日中の室内は窓を開けていても34度。汗が流れる。我が家はエアコンを使わないので 扇風機が空しく回っている。

「カイダルイ」の「カイ」は何なのかい?暑いけれども考えた。「串本地方の方言」の中には「疲れた、だるい」としか書いてない。よく言われている「しんどい」(疲れた、くたびれた)よりよほど疲れた時に「かいだるい」と言う。「カイ」と「ダルイ」はセットやね。もしかしたら「カイショナシ」の「カイ」やろかい、とも思ったけれど。不甲斐無い者、意気地無し・・・違うな~。

そういえば「ズツナイ」というのもあった。この地方では「満腹して動きたくない感じ、息苦しい、つらい」という意味ではあるけれど 古語辞典には「ずつない」は 術無い(じゅつない)の転とあり「せつない、つらい、苦しい」とまるで雅である。「ずちなし」と言うのだな。

それでも この地の方言には「キズツナイ」があり「気苦労、気がつまる思いがする、上位の人に対する窮屈な思い」ということで いろいろと気(キィ)つこうてまんねん。

疲れというのは正に「心」も「身体」もやられますものね。気圧の関係でダル重(おも)になるし職場では冷房が効きすぎて寒いのでした。帰ってきたら閉めきっていた室内は温室のようで 老体には堪える日々。「オイヨー カイダルイヨー」なのである。
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by paopaoy | 2016-07-05 21:28 | 言葉 | Comments(0)
まほら
 大和は国のまほろば たなづく青垣山こもれる大和し うるはし

まほら・・・とは すぐれたよい所。まほらま、まほろば、口にすると ころころと転がるような。

まあるく やさしいことばで 漢字よりひらがなが似合う気がする。

懐古趣味という訳ではないが 60を過ぎてからは 最新のものより古いものの方がしっくりする。

辞書を読むのが好きだけど 古語辞典が面白くなってきた。もう一度学びたいと思う。

英語もフランス語もポルトガル語も何もものにはならなかった。せめて母国語の古いことばをわかりたいと思う。

「すぐれたよい所」はどこにあるのだろうか。それぞれの心の中にそれはあるのだろう。

現実を見れば哀しくなることが多いけれども 山と海と川と 自然は熊野にはある。

古語の言霊を信じてみようと思う。
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by paopaoy | 2016-01-09 23:31 | 言葉 | Comments(1)
オイヨーツライヨー
気になる串本弁のひとつで「オイヨー」は おぉ!とか あぁ!というような言葉で それに続く「ツライヨー」は辛いのだけれども (自分のことではなく)他者を気の毒がる時に使う、と「串本地方の方言」という本に書いてある。しかし「オイヨー 情けないよう」は自分を嘆いての言葉であろうか。

「どもならん」という言葉について書こうと思っていたのに 「オイヨー」になっってしまった。どちらも典型的な串本弁で よく使われている。
「どもならん」は手におえん、どうにもならんということで「どもならん子(こぉ)やぁなぁ」とわんぱく者や 手におえぬいたずらっ児に使っていたが いまや「どもならん大人」の方が多くなってきているように思う。

それで「オイヨーツライヨー」の日々なのである。しかし、これで終わってはいけないのである。
「オイヨーツライヨー音頭」とか「どもならん節」とか作って 歌って踊って 切り抜けることができないものか・・・
落ち込んだら 笑うことにする。あほな自分を笑い飛ばして 次に進むしかない。
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by paopaoy | 2015-11-29 23:39 | 言葉 | Comments(0)
あな憂(う)
土曜の夜に「あ~うたとい」と思ったのである。情けない、物憂い、面倒くさいという意味の この地の方言である。雨は降り続き 暑いのだか寒いのだかわからない季節感のない日々に 商店街を歩く人もなく もう際限なく「ウタテナイ」状況だったのである。

しかし この「うたて」は確か古文にあったぞ!と思い 新明解古語辞典を引っ張り出してみた。ありました! 
(悪い方に)普通でなく なぜか格別に 次に嘆かわしい意味を伴って まずいことに 困ったことにの意。
「うたてし」は いやだ とか なげかわしい ということらしいけど。

串本弁の「うたとい」は 思いっきり「うっとうしい」ってことみたい。

「あな憂」と言えば「ああ いやだなあ」「ああ つらい」ということらしく 「事しあれば嘆かれぬ あなう世の中」
(何かあると まっさきについため息が出てしまう。ああ つらいなあ この世の中は)

「あな暗」は おやまあ真っ暗だ。「あな疾」は まあ早いことだ。その調子で「あな憂」「あな憂」と言っていると面白くなってきた。気が晴れたということか。

気分転換にはいいみたい。「串本地方の方言」という本と「新明解古語辞典」があれば うたて晴れ。
 
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by paopaoy | 2015-11-15 22:02 | 言葉 | Comments(0)
てちこまちこ
今朝 樫野へ行き 連れ合いのおかあさんと話していたら「てちこまちこ」という言葉が出てきて 「それは一体何ですか?」と思い 話の内容からすると「敬老会では カラオケの機械がうまく作動せず(てちこまちこ)して時間がかかった。」ということだったので 「それはモタモタして手間がかかった、というようなことですか?」と尋ねると そのようであった。
おかあさんと話をすると いつも新しい発見があって面白い。樫野の昔のことや 方言など できるだけ覚えておきたくてメモをしている。
「てちこまちこ」は最近の大ヒットである。「て」と「ま」が入っているから やっぱり「手間」ということなのだろうかと思ったり しばらく「てちこまちこ」を展開して遊んだ。 
おかあさんと話をしていたら まだまだたくさん色んなことが聞けると楽しみにしている。

以前 失踪した人の話をしていたら 「潜る」と表現していたことがあった。そのことを思い出していたら ふと
またまた思い出したことがある。それは この地方では昔 オーストラリアの方に真珠貝を採りに大勢の人たちが出かけていった。その子孫の方から「伊串(地名)では 沈むとか浸すとか言うことを 昔から(ぶるむ)と言うてたんよ。」と聞いたのだ。それは西オーストラリアの「ブルーム」からきていたのだった。
言葉の伝わり方の不思議さを思う。
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by paopaoy | 2015-09-27 21:53 | 言葉 | Comments(0)
六根清浄
時々 頭の中で「六根清浄、六根清浄・・・」と聞こえてくる。それは何かと尋ねたらタブレットが答えた。
「人間に具わった六根を清らかにすること」 その六根って何?
「五感と、それに加え第六感とも言える意識の根幹である」

五感ならわかるよ。視覚(眼根) 聴覚(耳根) 嗅覚(鼻根) 味覚(舌根) 触覚(身根) そして 意識(意根)
正しい道(八正道)を往くために 執着を断ち、魂を清らかな状態にすることを言う。

そのために 山ごもりなどをして俗世との接触を絶つことが行われた。
かつては登山の際に掛け声として使われていたらしい。
私は富士山には登ったことがないけれど 昔は山ガールだった。そんなおしゃれなものではなく 今なら絶対はかないニッカーボッカーをはいたワンダラーだった。
そのときに「六根清浄」と言った覚えはない。

またもや声が響いてくる。険しい岩山から「さーんげさんげ、ろっこんしょうじょう」これは「懺悔、懺悔、六根清浄」 そして行ったこともない富士山からは「六根清浄、お山は晴天」 明るい掛け声だね。
それでも 繰り返しているうちに息もとだえとだえになり なまってしまって「どっこいしょ」になったなんて・・・

出発は勇ましく でも歩き続けているうちに草臥れて「どっこいしょ」の気分はよくわかる。
今では 山に行かなくても毎日「どっこいしょ」だもの。
タイトルは「どっこいしょ」でもよかったかもと思いつつ 「い」の次は「ろ」でしょうと書き始めた。
このブログを始めた時、何を書けばいいのかわからなくて とりあえずタイトルを考えて書いていくことにした。
「あいうえお」ではなく「いろはにほへと」だったのよ。
「石が来た!」なんて書いたから 次は「六根清浄」 その次は「は」だ。何としよう。
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by paopaoy | 2015-01-25 20:47 | 言葉 | Comments(0)
もらもらもきもき
三年前に父が亡くなって お経を聴く機会が多くなった。
ずーっと気になっていたのが「もらもらもきもき」という
言葉。
お経のお題も知らなければ 漢字も意味も何もわからないまま
いつも音楽のように耳に入ってきていた。
これは禅宗のお経で 題名が長いし 私には変換できない。
もちろん ブログを書く前にネットで調べてわかったのだけれど。

「なむからたんのー とらやーやー
 なむおりやー ぼりょきちー
 しふらやー ふじさとぼやー
 もこさとぼやー もこきゃるにきゃやー」

「もこもこ」といえば「もこ もこもこ」
私の大好きな「元永定正さん」の絵本!だ。
「山下洋輔さん」との「もけらもけら」もある。
 
この「千手千眼観自在菩薩廣大円満無◎大悲心陀羅尼経」は
二つの訳が書いてあって 禅宗になる前のインドのシヴァ神
とか ハリ、ヴィシュヌ神がでてくる。
 注・・◎のところは 石偏に疑という字が変換できなかった。

これを覚えて 今度の法事の時に唱えてみたい。
「さぼさぼー もらもらー もきもきー
 りといん くりょーくりょー けも」

意味は「真言を憶念したまえ、憶念したまえ。(憶念する)
行為をなしたまえ、なしたまえ。(真言を憶念する行為を)
成就したまえ、成就したまえ。」
 [禅宗の陀羅尼]木村俊彦、竹中智泰著より
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by paopaoy | 2013-02-20 17:26 | 言葉 | Comments(0)
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