カテゴリ
以前の記事
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
しっぽと羽
痩せて肉が落ちたのは尻だった。尾骨がはっきりとわかるようになった。
下からトン・トン・トンと三つの骨が指先に感じるようになった。
「しっぽ」がはえてくるといいな・・・と思った。

長いしっぽ、短いしっぽ。馬のようだと邪魔になるし やっぱりバランスが悪いかな。

太ももも削げて細くなったのに腹周りはぽっこりしていて恰好の悪い体形だ。これが齢をとったということか。それはともかく「しっぽと羽」だ。

お風呂に入って考えた。ある日突然はえてくるとしたら しっぽと羽とどちらがいいだろう。
「今 私の願い事が叶うならば つばさが欲しい」と歌ってみたりする。
しかし 空を飛べるほどの白くて大きいつばさが欲しいとは 私には言えない。
 
小さくていいのよ。肩甲骨の辺にちょこっとはえてたら。パタパタ揺らしてスキップしてみる。
あるいは 豚のしっぽをつけて走ってみる。

しっぽも羽も こっそりと持ち続けることにする。角とかひれとか、みずかきとか・・・
ヒトから離れて獣になるか。
[PR]
# by paopaoy | 2016-01-13 23:47 | 気持ち | Comments(0)
まほら
 大和は国のまほろば たなづく青垣山こもれる大和し うるはし

まほら・・・とは すぐれたよい所。まほらま、まほろば、口にすると ころころと転がるような。

まあるく やさしいことばで 漢字よりひらがなが似合う気がする。

懐古趣味という訳ではないが 60を過ぎてからは 最新のものより古いものの方がしっくりする。

辞書を読むのが好きだけど 古語辞典が面白くなってきた。もう一度学びたいと思う。

英語もフランス語もポルトガル語も何もものにはならなかった。せめて母国語の古いことばをわかりたいと思う。

「すぐれたよい所」はどこにあるのだろうか。それぞれの心の中にそれはあるのだろう。

現実を見れば哀しくなることが多いけれども 山と海と川と 自然は熊野にはある。

古語の言霊を信じてみようと思う。
[PR]
# by paopaoy | 2016-01-09 23:31 | 言葉 | Comments(1)
三味線とピアノ
何でもそうなのだと思うけれども お稽古を続けるということは 時間と気力と体力と経済が必要なのだ。
あえて才能などというものは棚の上に上げておく。
時間がないだとか 気力、体力が希薄になったとか言ってはいけないのだ。希薄ではなく気魄だと自分に活を入れつつ この齢になるとよほど意識しなければ 物事は続かない。そもそも私は「なまけもの」だから。

経済は続くところまで・・・で お金がすっかりなくなれば 趣味など続けられるものではない。それはよくわかっている。「まぁ 贅沢な趣味ですこと!」は 若い頃油絵を描いていた時から 私にくっついている嘲笑だ。
身の程に合わない趣味ですってか・・・

三味線とピアノ なんて言ったら この貧乏人がなんて贅沢なことをと思われてしまうだろうけど なかなかやめられるものじゃない。ただ三味線は姉のおさがりがあるけれど さすがにピアノはない。
だから私はピアノがないのにピアノを習っている訳だ。

生意気にもちょっと上達してくると 本物のピアノが弾きたいと思う。一週間に一度 先生のグランドピアノを弾く時だけが本物のピアノに触れる時なのだ。
生意気にもローリングピアノでは物足りない・・・なんてね。

借家だし ピアノを置く場所すらないのに ピアノ、ピアノと唱えていよう。本物のピアノを弾きたいよう・・・
昔、昔、絵を描くためのアトリエが欲しいよう・・・と唱えていたけれど 叶わなかった。ピアノも然り。

何もなくても 何かをしている、というのが 私のスタイルなのだろう。欲は捨てよう。実を取ろう。
三味線とピアノを弾いて ぼけないように齢をとりたいと切に思う。
[PR]
# by paopaoy | 2015-12-30 21:44 | 音・楽 | Comments(1)
47kg
今年のびっくりは私の体重が「47kg」ということなのである。
三年前は「53kg」が普通にあった。ダイエットなんて何をしても変わりはなかった。

二年程前から 友人に教えてもらって噛むことを始めた。ひたすら噛む。
少しずつ体重が減り始めた。それでもなかなか50kg越えはできなかった。

一年前位に50kをきって また少しずつ減り始め 今年の9月に初めて47kgに辿り着いた。
これは中学生の頃から見たことのない数字だと思う。それからアップダウンを繰り返し 今は
47kgが普通の状態になりつつある。ダイエットは全然意識していない。食べている。

噛むことを勧めてくれた友人も 久しぶりに会った息子の嫁さんも「それはストレスなのでは・・・」
と言ったけど そうなのかな?わからない。

色々とややこしいことが降りかかってきて 店も閉めることになった。ここを通り過ぎてしまえば
楽になってまた元にもどるかも・・・なんて思うと怖いけど。

ただ体重が軽くなると 体がふわふわして 足もふらふらして転んだりするのだと思う。
もしも 45kgまでいったら 私の場合 病気でしょう。今のところは 心の問題かな。
店を閉めることの責任が 自分が思っている以上に大きいのだと思う。
[PR]
# by paopaoy | 2015-12-27 16:02 | 気持ち | Comments(1)
ぽっかりと
穴が空いたような・・・すっきりと・・・風通しの良いような・・・きっぱりと・・・別れを告げたような・・・
心はやっぱり・・・さっぱりと・・・あきらめのついたような・・・

母とは遠く心が離れてしまったような気もするけれど・・・これでいいのだ。

店を閉めるとはこういうことだ、と 前に進むことにする。

店の中で 仁王立ちして考える。日常を壊すこと。時には乱暴に動かないと何も始まらないのだ。
終わりだけれども 始まり。新しい明日に続く道。
[PR]
# by paopaoy | 2015-12-18 21:53 | 気持ち | Comments(0)
決心
とうとう店を閉めることにした。なんとかがんばってやっていこうと思っていたけれど力つきた。色んなことが重なって いっぱい考えて決めたのだ。もう人のせいになどしないで 自分でこの事実を受け止めて後片付けをしていこうと思う。
ひとつ言えば 商売だって 相撲の「心」「技」「体」と同じで三つそろわないとだめだよね。体力は経済力。技術は職人さんだとそのまんま「技」だけど 商売人は売るためのテクニック。そして「心」やる気であるとか充実した気力。ある程度 強気でなければ・・・とも思うし。私には何もない。

私は 母に「一番商売のへたな娘が帰って来た。」と言われてしまうくらいだから 向いてないのはよくわかっているつもりだったけど やっぱりへたくそだった。先日からの「オイヨーツライヨー」はまさに私のことだった。

しかし、負けまへん。これからのことを思えば よろよろでよれよれの自分であっても何とかしなければなりまへん。正直なところ 店という砦がなくなって さっぱりぽんと何もなくなってしまったら 力がわいてくるのかもしれない。私はもう何度も谷底に落ちている。

「いざ行かん!」だね。年々少なくなってきているけれど お客様がいらっしゃるので後三ヶ月 誠意をもって対応して 静かに退こう。母は65年間、私はたったの14年だけれど ありがとうございました。 
[PR]
# by paopaoy | 2015-12-07 00:00 | 気持ち | Comments(0)
音頭と節
音頭とは「多人数で歌う時などまず(ひとりで)歌って みんなの調子を取ること」「人の先に立って何かをすることをも指す(音頭を取る)」と新明解さんに書いてある。しかし これだな。「多くの人が はやしにつれて踊ること、またその曲(踊り)」

作ってみました。このブログは 寂れた町の商店街みたいなものだから(人が来ないのよ)書いてしまおう。

     「オイヨーツライヨー音頭」・・・です。

 オイヨーツライヨー  オイヨーツライヨー  コリャコリャコリャコリャ  コリャコリャコリャコリャ
  
 何がつろうて 後ろ向き お天道さんが 見ーやるよ  空を仰いで 日に三度

 オイヨーツライヨー 叫びましょう  ツライ時こそ 歌いましょう  ツライ時こそ 踊りましょう

 オイヨーツライヨー  オイヨーツライヨー  コリャコリャコリャコリャ  コリャコリャコリャコリャ

もうひとつ    「どもならん節」

 どうもならんよ  どもならん  人の言うこと  聞かしまへん

 あがばっかしの 大人やさか  どうもならんよ  どもならん

 どんだけ言うても  聞かしまへん  オライヤ イヤーヨ ナーエージョー

 訳わかりまへん  どもならん  手に負えまへん  どもならん

 オットットット  どもならん  イエー!


全く 訳わかりませんが 身の回りには必ず困った人たちがいて 人知れず ご苦労なさっている人もいて
「オイヨーツライヨー音頭」は 応援歌です。
今 とてもとても拙いですが 作曲中です。笑ってやってください。そのうち 踊りも考えます。
今 つらくても 笑い飛ばして がんばろう ね! 
[PR]
# by paopaoy | 2015-12-02 23:54 | 音・楽 | Comments(0)
オイヨーツライヨー
気になる串本弁のひとつで「オイヨー」は おぉ!とか あぁ!というような言葉で それに続く「ツライヨー」は辛いのだけれども (自分のことではなく)他者を気の毒がる時に使う、と「串本地方の方言」という本に書いてある。しかし「オイヨー 情けないよう」は自分を嘆いての言葉であろうか。

「どもならん」という言葉について書こうと思っていたのに 「オイヨー」になっってしまった。どちらも典型的な串本弁で よく使われている。
「どもならん」は手におえん、どうにもならんということで「どもならん子(こぉ)やぁなぁ」とわんぱく者や 手におえぬいたずらっ児に使っていたが いまや「どもならん大人」の方が多くなってきているように思う。

それで「オイヨーツライヨー」の日々なのである。しかし、これで終わってはいけないのである。
「オイヨーツライヨー音頭」とか「どもならん節」とか作って 歌って踊って 切り抜けることができないものか・・・
落ち込んだら 笑うことにする。あほな自分を笑い飛ばして 次に進むしかない。
[PR]
# by paopaoy | 2015-11-29 23:39 | 言葉 | Comments(0)
60の手習い
60歳の6月からピアノを習い始めて早や半年。なんとかまだ続いている。家でのお稽古もほぼ毎日、といっても家にはピアノはない。末妹から借りているキーボードと 店ではくるくる巻きの平ぺったいロールピアノで 椅子に座ってではなく どちらも三味線と同じく正座して弾いている。ペダルはない。

これは今に始まったことではなく 子どもの頃にピアノを習っていた時も 家にはピアノはなかった。姉の家に行って姉のピアノでお稽古していたのだ。あまり真面目にお稽古しなかったので 小学校を卒業する頃にはまだブルグミュラーの途中でやめてしまったのだった。

40年以上も経って またブルグミュラーから始めたけれど 耳が曲を覚えていることに驚いた。手もなんとか動くし 譜面が読めるのにもびっくり。これは子どもの頃に体で覚えた水泳や自転車に乗れるのと同じようなことなのかな・・・?半年で 14番の「スティリアの女」まで進んだのは 子どもの頃の進み具合よりもうんと早いのだ。先生のご指導のおかげです。ありがとうございます。

50の手習いで三味線を弾いていたので お稽古をどうしたらよいのかが 子どもの頃よりはよく理解できていたのでよかったのかな・・・と思う。お稽古が苦にならないというか 楽しくできる。

来週から「ソナチネ Ⅰ」の7番を習うので おさらいを始めている。
家ではなんとか弾けていても 先生の前に行ったら思いっきり緊張して とちってしまう。そこのところが改善されるようにするためには やっぱり稽古するしかないのだ。がんばるポン。
 
[PR]
# by paopaoy | 2015-11-23 21:14 | 音・楽 | Comments(2)
あな憂(う)
土曜の夜に「あ~うたとい」と思ったのである。情けない、物憂い、面倒くさいという意味の この地の方言である。雨は降り続き 暑いのだか寒いのだかわからない季節感のない日々に 商店街を歩く人もなく もう際限なく「ウタテナイ」状況だったのである。

しかし この「うたて」は確か古文にあったぞ!と思い 新明解古語辞典を引っ張り出してみた。ありました! 
(悪い方に)普通でなく なぜか格別に 次に嘆かわしい意味を伴って まずいことに 困ったことにの意。
「うたてし」は いやだ とか なげかわしい ということらしいけど。

串本弁の「うたとい」は 思いっきり「うっとうしい」ってことみたい。

「あな憂」と言えば「ああ いやだなあ」「ああ つらい」ということらしく 「事しあれば嘆かれぬ あなう世の中」
(何かあると まっさきについため息が出てしまう。ああ つらいなあ この世の中は)

「あな暗」は おやまあ真っ暗だ。「あな疾」は まあ早いことだ。その調子で「あな憂」「あな憂」と言っていると面白くなってきた。気が晴れたということか。

気分転換にはいいみたい。「串本地方の方言」という本と「新明解古語辞典」があれば うたて晴れ。
 
[PR]
# by paopaoy | 2015-11-15 22:02 | 言葉 | Comments(0)
トップ

つれづれ日記
by paopaoy
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30
最新のコメント
メモ帳
ライフログ
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧