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あの頃
あの頃が どの頃なのか・・・シカゴの「サタディインザパーク」を聴いていた頃・・・あるいは クリーデンスクリアウォーターリバイバル(CCR)の「雨を見たかい」を聴いていた頃・・・そしてキース・ジャレット・トリオの「マイバックペイジ」を聴いていたころ・・・岩瀬成子の「朝はだんだん見えてくる」を読んでいた頃・・・

もっと昔 私が小学校2年生になった時(54年前のこと)田舎の町で初めて出会った外国人がアメリカ人のトーマス・バトラー君だった。私のクラスにやってきた男の子は他の誰よりも背が高くて綺麗な金色の髪の毛だった。びっくりしたのは 遠足のお弁当がサンドイッチだったこと。そうして町の小さな教会の宣教師さんの御一家は生活の中から私たちに異文化というものがあることをさりげなく教えてくださったのだと思う。
トーマス君と過ごした三年間はみんなで同じように泣いたり笑ったり怒ったり のどかで楽しかったのだと思う。
どうしてこんなことを思い出したのか・・・それから5年後 私たちが高校一年生になった時 アメリカに帰ったはずのトーマス君が突然現れたのだ。私たちがやっと15歳になった頃 トーマス君は18歳になっていて「ベトナム戦争に行く前に 子どもの頃一緒に過ごした私たちに会いたかった」とやって来たのだった。トーマス君は日本語を忘れてしまって 私たちも英語を話せず 身振り手振りと片言の英語で一体何を話したのやら・・・ただ「ベトナム戦争」が他人事ではなく重くのしかかってきた感じで 私たちはトーマス君が生きて帰って来ることを祈った。
その後の消息はわからないけれど きっと生きていると信じている。

「あの頃」がたくさんある。年をとったということだなぁ。
 

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# by paopaoy | 2016-10-18 00:05 | 子どものころ | Comments(2)
ホンマニエーノシ ヤニコイエーノシ
これは「下里音頭」のお囃子ですが 今 私の頭の中でずーっと鳴り響いています。43年前に聴いた「ヨイトヨーイヤマッカ ドッコイサーノセー」の「江州音頭」以来の衝撃でした。
9月24日(土)に 湯川のきよもんでの下里展を見に行って 初めて聴いたのです。歌詞も 勿論良いのですが お囃子のインパクトが強すぎて「ホンマニエーノシ ヤニコイエーノシ」しか覚えていないのです。是非全曲覚えたいと思います。音頭と言うからには踊りもあるのでしょうか?

「ヤニコイ」は 串本でも「大変、沢山、大層、非常に」という方言ですが 今はあまり使われていません。
「エーノシ」は「いいですね」かな・・・串本では「えーのんし」と言いますが「えーのし」の方がやさしい感じがします。
合いの手の(サテ)と(ヨイショ)も可愛いのです。一番だけ歌詞を書いてみよう。作詞、作曲が誰か・・・は不明です。

   玉の浦曲に 打つ浪の (サテ)
   音を子守の 唄と聞き (ヨイショ)
   懐山に 抱かれて
   私しゃ紀州の 下里育ち
   ホンマニエーノシ
    ヤニコイエーノシ

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# by paopaoy | 2016-09-26 21:13 | 音・楽 | Comments(0)
うつらうつら
図書館で借りた本を早く読んで返さねば・・・と ページをめくっているのに 何故か同じところばかり 頭がぐるぐるすると思ったら うつらうつら・・・

三味線を弾いていても いつのまにか うつらうつら・・・半ば眠っているような ぼんやりした状態、と新明解さんに書いてある。最近は毎日この状態。「おばあさん」な私。

歳のせいにするな~!と自分につっこむ。ただの「なまけもの」です。

9月になったし 何か書かねば・・・と思ったけど やっぱり あほなことしか書けへんわ。やれやれ・・・
「夢うつつ」は 夢か現実か、意識のぼんやりした状態。好きな本を読んでいたり 音楽を聴いていたりする時に どこかに知らないうちにワープしようとしているのかな・・・

さて 本気で眠ることにしよう。明日は仕事です。

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# by paopaoy | 2016-09-22 23:24 | 生活 | Comments(0)
八月は・・・
体調不良でございます。書けまへんでした。もう明日は九月です。
八月からは 仕事は朝九時から十二時半までになりました。それはもう気を張ってシャンと立っているつもりではありますが 帰ってきたらぐったりの日々。暑かった!

体重も45kgを切ったりして やっぱり病気やろか・・・病気です。痛くも痒くもないけれど 甘いものも塩辛いものも果物もなるべく食べないように・・・と暮らしています。そうそうお酒も。もともとそんなに飲んでなかったから平気ですが なんだか風に吹かれてふらふらと生きているようです。熱風か!

「元気ですか?」と尋ねられたら 今月は「元気です。」とは言い難い日々で近況を知らせる手紙も書けずメールも出来ず 失礼をいたしました。
秋になれば もう少し力が湧いてくるでしょうか。暑さ寒さも彼岸までといいますものね。そよそよとさやさやと庭のトネリコの葉を揺らして 風吹いてください。

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# by paopaoy | 2016-08-31 20:59 | 生活 | Comments(0)
モエラ
モスラでもなく カエラでもなく モエラです。それは何かと尋ねたら?
「イトクラゲ」のことを串本では「モエラ」と言うのです。樫野出身の連れ合いは「クラゲはクラゲや。」だと言ってますけどね。
8月も10日も過ぎて もうすぐお盆だなと思ったら ふいに「モエラが出るから海で泳げない」と言っていた小学生時代の夏休みを思い出したのだ。その「モエラ」の正体がイトクラゲだと「串本地方の方言」に書いてあった。刺されると痛いから 子どもたちはお盆からはもう海には入らなかった。お盆になると「海へ行ったら足引っ張られるぞ!」と大人たちから脅されてもいた。そういえば もう随分と長いこと海で泳いでいない。還暦を過ぎてしまったので今更のことだけれど。

モエラを思い出したら もう一つ思い出した。それは「はっとうじ」広島県備後地方の方言で「カメムシ」のこと。広島市出身の三男のお嫁さんに聞いたら「広島市ではそう言わない。」ということで モエラもはっとうじも地域限定の言葉であるらしい。

もう一つ 書いてしまおう。「ダンゴク」私は「ダンビキ」だと思っていたのだけど。
「ひきがえる」です。こういう方言は他にもあるのかな?

ずっと それは冗談でしょうと思っていた「ウミキンギョ」が「いっとうだい、かのこうお」と書いてあって それは確かに赤い魚であろうかと思えども・・・たまげた。

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# by paopaoy | 2016-08-11 20:45 | 土地 | Comments(0)
じっと手を見る
石川啄木の「働けど 働けど・・・」ではないけれど やっぱりじっと手を見てしまう。手の平から手の甲、指の一本一本まで しげしげと。
私の職場は 午後からは予約制になっているので患者さんが少なく ただ処方箋を持って来られる方を待っているだけなので 仕方なくじっと手を見るのである。午前中の忙しさを思えば 座ってじっと自分の手を見るなんて申し訳ないことではあるけれど。

手相のことなどさっぱりわからないから しわというのか線がやたらと多いなと思ったり、いろんな形が見えて面白い。子どもの頃からアトピーだったので 50年もの長い間両手の指はいつもズルズル、ガサガサ。ピシピシなのだった。それが60を過ぎた頃から体質が変わったのか何なのかよくわからないけれど治ってしまったのである。それでも他の人から見たら汚い手であるらしいけど 私にとっては充分なので これでいいのだ。

血管を見たり しみやしわを見たりして いろんな記号や線のある地図のようだと思い こっそり手の上で旅をしている。
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# by paopaoy | 2016-07-25 16:24 | 気持ち | Comments(0)
カイダルイ
「オイヨー カイダルイヨー」なのである。風が吹かなければ潮岬も日中の室内は窓を開けていても34度。汗が流れる。我が家はエアコンを使わないので 扇風機が空しく回っている。

「カイダルイ」の「カイ」は何なのかい?暑いけれども考えた。「串本地方の方言」の中には「疲れた、だるい」としか書いてない。よく言われている「しんどい」(疲れた、くたびれた)よりよほど疲れた時に「かいだるい」と言う。「カイ」と「ダルイ」はセットやね。もしかしたら「カイショナシ」の「カイ」やろかい、とも思ったけれど。不甲斐無い者、意気地無し・・・違うな~。

そういえば「ズツナイ」というのもあった。この地方では「満腹して動きたくない感じ、息苦しい、つらい」という意味ではあるけれど 古語辞典には「ずつない」は 術無い(じゅつない)の転とあり「せつない、つらい、苦しい」とまるで雅である。「ずちなし」と言うのだな。

それでも この地の方言には「キズツナイ」があり「気苦労、気がつまる思いがする、上位の人に対する窮屈な思い」ということで いろいろと気(キィ)つこうてまんねん。

疲れというのは正に「心」も「身体」もやられますものね。気圧の関係でダル重(おも)になるし職場では冷房が効きすぎて寒いのでした。帰ってきたら閉めきっていた室内は温室のようで 老体には堪える日々。「オイヨー カイダルイヨー」なのである。
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# by paopaoy | 2016-07-05 21:28 | 言葉 | Comments(0)
風のオノマトペ
「どっどど どどうど どどうど どどう」は、もう言うまでもなく 私の中ではダントツの一位で
青いくるみも すっぱいかりんも吹きとばせ・・・なのだ。

潮岬は一年中風吹き荒ぶ所なので 風の音は「ゴゴゴゴー」なのだけれど やはり「どっどど」がいいなと思う。「ゴゴゴー」と言えば その昔、スパイダースが歌っていた。
「ゴゴゴー 風が泣いている ゴゴゴー」だったかな?風は泣くのか 笑うのか 怒っているのか。

もうひとつ好きなのは 森山良子さんが歌う「ざわわ ざわわ ざわわ」さとうきび畑を吹き渡る風の音。沖縄で一面のさとうきび畑を見た時に 次男と二人声をそろえて「あ、ざわわだ~!」と言った。頭の中で良子さんの歌声が響き渡ったのだった。

次は何故か「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」中原中也の「サーカス」だ。ブランコが揺れる音。けれども 風は吹いている。「幾時代かがありまして 冬は疾風吹きました」

風はやはり冬なのか・・・今は梅雨でありますが 岬は風が吹いてます。

そういえば「北風小僧のかんたろう」は「ひゅるるーん るんるんるんるん」だったっけ。寒そうだね~。
確かに 風が吹くと夏でも ひや~とする。潮岬は本州最南端なのに近畿地方で一番 温度が低い。熱帯夜がほとんどない。ひゅうひゅう!
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# by paopaoy | 2016-06-25 21:51 | 詩歌 | Comments(0)
話をすること
もしも一日中黙っていろと言われたら 一言も口をきかないでいるのかな。
独り言は言うのよ。歌も歌う。自分以外の人と話をするのが苦手なのだ。
口が重いというのか いつも言葉は滑らかには出てこない。明らかな欠陥は主語がなく いきなりの発言だったりして ほとんど他人には伝わらない。そんなことを繰り返しているうちにしゃべれなくなってしまった。唯一姉と、連れ合いとはなんとか会話が出来ているのだと思う。

最近では 連れ合いのお母さんとも話ができるようになった。週に一度会いに行く。ほとんど私がいろんなことを聞いて お母さんは丁寧に答えてくださる。会話することが嬉しいと思う。

話をしようと思っても 返ってくる言葉が突き刺さってくるようなことがあって 血の繋がりはあっても会話できないこともあり 連れ合いのお母さんと何の違和感もなく話せることが嬉しい。

簡単なようでいて 私にとっては大変難しい「話をすること」 構えるからダメなんだな。
歌うように しゃべれないものだろうか・・・ミュージカルになってしまう、か。
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# by paopaoy | 2016-06-11 21:53 | 気持ち | Comments(0)
歩く
今日 初めて新しい職場の丘の上の病院から実家まで歩いて帰った。ほぼ2500歩、20分。
歩くにはちょうどいい感じ。季節もいいのだな。風が心地いい。

病院といっても 私は看護師でも何でもなく ただ院外処方箋を調剤薬局にFAXする仕事だ。
それでも水色の白衣を着ているので 何の資格もない私には違和感がある。

人通りの少ない町の商店街で店をしていた時より 大勢の知らない人たちに出会う。まだやっと2週間が経ったところで 緊張して手に汗をかいている。血圧上がるかなー。しかし働かなければ。

いつもは車で通勤しているけれど たまには歩こうと思う。さすがに上りはきついかなと思う。下りに限りということにしておこう。帽子を被って水を片手に小さなリュックを背負って 小さな婆さんが歩いていくのだ。レレレのレだ。

車ではなく 自転車でもなく 自分の足で歩くことを忘れないように 景色や道端の草花や木や 鳥や虫や蛙の鳴き声、風や空気の匂いを楽しむことにしよう。
この町は 丘の上から見る景色だけはいいのだ。海が見える。
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# by paopaoy | 2016-05-24 23:49 | 生活 | Comments(0)
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