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今日の歌
いつもなら火曜日が一番忙しいはずなのに 水曜日の今日の方がもっと忙しかった。さすがに午前中をたった一人で仕事をするのは辛いと思った。後任がまだ見つからないのでしょうがない。
朝からちょっと血圧が高めだったので 途中で倒れたらどうしよう・・・と思ったけど大丈夫なのだった。なんて打たれ強いのだろう、私は。

今日は何故か二曲も心の中に響いてきた。

     遠い世界に旅に出ようか それとも赤い風船に乗って
     雲の上を歩いてみようか 太陽の光で虹を作った
     お空の風をもらって帰って 暗い霧を吹き飛ばしたい

五つの赤い風船の「遠い世界に」だ。西岡たかしさんだね。
仕事中に意識が遠くなる、というのか 自分の心と体が少し遠くなっているような感じがしたのだ。そしたらこの曲がやってきた。いきなり「遠い世界に旅に出ようか」だもの。思いっきり歌いたい気分だったけど 病院で仕事中だから心の中でしばらく歌ってた。すると突然「山谷ブルース」が参入してきた。

     今日の仕事はつらかった あとはしょうちゅうをあおるだけ
     どうせ どうせ山谷のドヤ住い ほかにやることありゃしねえ

いらっしゃい!岡林信康さん。待ってた ホイ!だわ。飲みたい気分ではあるけれど しょうちゅうはあおらないよ。でも血糖値が高いからビールよりしょうちゅうの方がいいらしい。
昨日で62歳になったことだし 心の中で叫んでおこう!
   負けないぞ!貧乏なんかに負けないぞ!病気なんかに負けないぞ!
   理不尽なことにも負けないぞ!
   心を強く持って 跳ね返してやる。
   残りの人生 気持ちが負けっぱなしではあまりにも情けない。
 

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# by paopaoy | 2017-03-08 14:52 | 気持ち | Comments(2)
尉鶲
タイトルの漢字が 恥ずかしながら読めなくて 先程調べたら「ジョウビタキ」だった。鳥の名前ということはわかっていたのだけれど。
これは 只今入院中の母の病室で見た 母の趣味である俳句の会の方々の作られた句の中にあった漢字だった。どなたの俳句であるのか、わからないけれど「耕せば 来たよ打てよと 尉鶲」という句が心に残った。メモして帰ってパソコンで字を調べた次第。

二月一日に 姉が松江に帰る前に 近所のT先生に御挨拶するのについていった時、庭先でジョウビタキを見たのだった。その時、T先生が「翼の白斑が着物の紋付のように見えるから (もんつき)とも言う。」と仰っていたことを思い出した。手持ちの鳥の本を見ていたら ヒタキ(火焚き)と言うのは「ヒッヒッヒ」という鳴声が火打石の音に似ているからと書いてある。まだ鳴声は確認していない。

鳴声と言えば まだウグイスの声は聴いていない。もう三月なのにね。
時々 T先生のお庭を覗きに行ってみよう。色んな鳥に会えるかもしれない。

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# by paopaoy | 2017-03-05 20:02 | | Comments(0)
春を待つ歌
木曜日の午後は予約の患者さんも少なく座っていることが多いので 頭の中で何やら歌声が響いてきたりする。「リンゴの花ほころび 川面に霞立ち 君なき里にも 春は忍び寄りぬ」って「カチューシャ」だ。そういえば以前 こたつにもぐっていたら「ホーヨホヨヨ」が聴こえてきたことがある。春が呼んでるよ・・・だな。

それから「早春賦」春は名のみの風の寒さや~ 谷のウグイスはまだ鳴きませぬ。
ユーミンの「春よ、来い」もあった。春よ 遠き春よ 瞼閉じればそこに・・・
花粉が飛ぶから 開けたくないよな・・・実際 春はつらい・・・季節としての春は美しいと思うけど 現実は厳しい。鼻にも蓋をしたい。

子どもの頃「春よ来い 早く来い 歩き始めたみいちゃんが 紅い鼻緒のじょじょ履いて おんもへ出たいと待っている」と唄った頃にも 杉花粉は飛んでいたのだろうか?
あの頃は純粋に春が来るのが嬉しかったのだと思う。

そして 単純にロシア民謡のマイナーなメロディが好きだなあと思う。日本語の歌詞も文語調で口ずさむのにいい。高校生の頃 マンドリンで弾いていたけど アコーディオンの音も哀愁があっていいな。歌声喫茶を思い出した。古いね~。




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# by paopaoy | 2017-02-23 16:47 | 音・楽 | Comments(0)
音楽室
姉のグランドピアノを置くために 昨年末に倉庫のように使っていた部屋の床を補強して壁と出入口を作りました。そして先月末に姉が帰ってきて 海辺の町に何十年も置きっぱなしになっていたグランドピアノをこちらの高台の家に運んで 調律師さんに調律していただきました。
今日 新しいカーテンを付けてもらって 大きなグランドピアノが鎮座しているすっきりと美しい音楽室ができました。まだソファーと棚は用意できていないけど 散らかさないように綺麗に使いましょうと思います。
床が低くなって 天井が高くなったので音響もいいように思います。お姉さん、この次帰って来た時にはピアノを弾いてくださいね。楽しみに待っています。
私もこっそりと弾いています。下手くそなので本当にこっそりと、です。
でも 家にピアノがあるっていいね。私の家ではないけれど ピアノを習っていてピアノがある状態は 私は初めてなので新鮮です。今、ランゲの「花の歌」を弾いています。子どもの頃に出来なかったことが今出来るのは幸せなことだと思います。

話は変わって 月曜日に「鶴瓶の家族に乾杯」という番組で大分県中津市の「グルービー」というジャズ喫茶が映っていて その店のマスターと奥さんがとてもすてきで あんなジャズ喫茶がこの町にもあったらいいのにな~と思ったけれど ないので それならばこの音楽室で聴けばいいのだと思い とりあえず台所で晩御飯の仕度をしながらジャズを聴いて そのまま晩御飯を食べながら聴いてました。
ジャズ喫茶ではなく ジャズ食堂か・・・
もちろん営業ではなく遊びです。老後の楽しみができました。
 


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# by paopaoy | 2017-02-08 21:58 | 音・楽 | Comments(4)
不確かな記憶
年を取ると、と書いてしまえば「いかにも」だけれど 記憶力は日々おぼろげになっていくような気がする。ただ耳の記憶はあるようで 音楽など昔聴いた曲は覚えていたりする。何でも新しいことは覚えられなくて古いことはずっと覚えていたりする。これが老化なのだろう。目も過去に見たもので印象的だったものはよく覚えているし 匂いも味も手触りも 五感は確かだなと思う。
今朝 母と話した時 「今日は末妹の誕生日だね。」と言ったら「57歳になった。」と答えたので メールで「おめでとう!」の後に「57歳」と書いてしまった。よーく考えれば違うのだった。6歳下だから56歳だった。ごめんね。私は何の疑いもなく耳の記憶を信じてしまった。指を使ってでも計算すればよかった。あほな姉です。

急いでメモを取らなければならない時 その漢字が日頃使わない字だとなかなか書けなくて往生する。とっさに覚えられない。短時間で記憶して書き その番号を間違えないように押すという単純だけれども簡単だとはとても言えない仕事をしている。頭の活性化には良いのかもしれない。対象は人だが ほぼ「気」であると言える。
そして不確かな記憶と仲良くつきあうことにする。まだぼけへんぞ! 

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# by paopaoy | 2017-01-14 23:55 | Comments(0)
理不尽な夢
ほとんど毎日夢を見ているのに 目がさめたら何も覚えていない。それなのに10日の朝は覚えていたのだ。そんなことは現実にはありえないと強く思ったからかもしれないが・・・何故か坂道の多い所を車で走っていたら「この道は有料道路だからお金を払え」と言われた。「高速道路でもない普通の道なのにどうして?」と聞いても「今日からそうなった。」なんて納得できないと思ったら 次は 床に週刊誌を敷き詰めていてとてもトイレとは思えないけれど それは駅のトイレのようで しかし!ドアがないのである。ベンチに何人も腰かけていて「こんなところで用は足せない」と思いドアはないのかと探し 自分で取り付けているのだけれど 一枚のドアではなく三枚に分かれていて足元が開いている。もう訳わからん!これは夢なのだ。

初夢など見たのかどうかさえわからないのに こんな変な夢のことはありありと覚えているなんて 全く理不尽である。
新年早々 なんてことを書いているのだろう。それにしてもリアルな夢だったことよ。
今年もこうして私は理不尽な目に合うのだろうか。ふつふつと今 受けて立とうじゃないか!と叫びたい気分。



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# by paopaoy | 2017-01-11 22:12 | 気持ち | Comments(0)
情熱の花
今日「エリーゼのために」を弾いていたら 頭の中で誰かが歌っていた。何だろうな・・・と考えていたら「ザ・ピーナッツ」の歌声だった。
「情熱の花」 歌詞はほとんどわからないのだけれど 素晴らしいハーモニーだったと思う。1959年というから 私はまだ4歳だ。ベートーベンの「エリーゼのために」をアレンジした曲だと書いてあった。
子どもの頃から ザ・ピーナッツは大好きだった。一人で歌うより二人でハモって歌うのはいいな・・・と思っていた。双子っていいな・・・憧れだった。
 
今、クリスマスに歌うためにゴスペルの歌を二曲練習している。同じ職場のSさんに誘っていただいて 8月から歌い始めた。10年前からずっとゴスペルを歌いたいと思い続けていたから嬉しかった。私の気持ちがSさんに通じたのかしら・・・奇跡だわ。
古座のリバーサイドチャーチで 専門の先生に指導していただいて楽しく歌っている。
感謝です。歌も感謝なの。「JOY」と「Hallelejah is the Highest Praise」
12月25日(日)10:15~11:30に歌います。
私はソプラノで アルトとテナーの三声だから素敵です。
16人の声を合せて歌うことに参加できてよかったです。あと一ヶ月。
お稽古しなくちゃ。
お稽古といえば 今年は三味線とピアノとゴスペルと音楽の日々でした。


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# by paopaoy | 2016-11-24 21:15 | 音・楽 | Comments(0)
61歳「エリーゼのために」を弾く
小学校卒業と同時にピアノをやめてしまったので「エリーゼのために」はもう一生弾けないものだと思っていた。思いがけなく昨年6月から再びピアノを習うことになって早1年5か月が経ち 今、私は「エリーゼのために」を練習している。
家にはピアノがなく 日頃の練習は妹から借りたおもちゃのようなキーボードを使っている。鍵盤が足りないのとペダルがないのでこれ以上は無理かなと思っていたら 今私が住んでいる家の大家である松江にいる姉が 串本の本家に30年間置いたままのグランドピアノを潮岬の別宅に運ぶという話になった。色々と準備をしないといけないけれど 今年中には大きなグランドピアノがやってくるのだ。「何ということでしょう!」の世界だわ。
下手くそな音を出しては申し訳ないので本腰を入れてお稽古をしなければと思う次第であります。ただ年を取ると楽譜は読めるのだけれど 指は思うようには動かないので残念な私のピアノ・・です。ごめんね!おねえちゃん。
「エリーゼのために」を弾けるところまでたどり着いたことが 私にとっては奇跡のようであり キーボードからいきなりグランドピアノなんて・・・ばちあたりかな・・・
61年生きていたら 色んなことがあるということか。

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# by paopaoy | 2016-11-15 16:58 | 音・楽 | Comments(0)
ピアソラとピアニカ
2年前の夏に図書館で津村記久子の「ワーカーズダイジェスト」を借りて読んだ。その中に出てきた曲が気になって 読み終えてすぐに連れ合いに聞いてみた。
「ブエノスアイレス午前零時」という曲が入っているCDを持っていたら聴かせて欲しいんだけど・・・持っていました!それは「アストル・ピアソラ」の演奏だった。

「ワーカーズダイジェスト」は仕事に疲れた30代のサラリーマンの男女二人の奇遇な物語で 二人はたまたま同姓の佐藤さんで 生年月日まで一緒という設定で その男の方の佐藤さんがある日ピアニカを買って 何処だったか河原だったのかうろ覚えではあるけれど ひたすら吹いていたのがピアソラの「ブエノスアイレス午前零時」のリフレインだった。それをたまたま女の佐藤さんが聴きつけて・・・そのところが私には印象的だった。
ピアニカと言っても 小学生が使っているようなのではなく 高額で音も響きも良いものだったと思う。単純に私も欲しいと思ったけれど 田舎には楽器屋さんがない。

ピアソラの「ブエノスアイレス午前零時」はやはり昼間ではなく しーんとした夜中にそう午前零時に聴くと臨場感がある。夜中に音を出すのは近所迷惑なことだけど ここは近所が遠いので ごめんくださいませ。音はもちろん小さめです。

その後 やはり図書館で藤沢周の「ブエノスアイレス午前零時」という小説を見つけて読んだ。

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# by paopaoy | 2016-11-03 17:13 | 音・楽 | Comments(0)
あの頃
あの頃が どの頃なのか・・・シカゴの「サタディインザパーク」を聴いていた頃・・・あるいは クリーデンスクリアウォーターリバイバル(CCR)の「雨を見たかい」を聴いていた頃・・・そしてキース・ジャレット・トリオの「マイバックペイジ」を聴いていたころ・・・岩瀬成子の「朝はだんだん見えてくる」を読んでいた頃・・・

もっと昔 私が小学校2年生になった時(54年前のこと)田舎の町で初めて出会った外国人がアメリカ人のトーマス・バトラー君だった。私のクラスにやってきた男の子は他の誰よりも背が高くて綺麗な金色の髪の毛だった。びっくりしたのは 遠足のお弁当がサンドイッチだったこと。そうして町の小さな教会の宣教師さんの御一家は生活の中から私たちに異文化というものがあることをさりげなく教えてくださったのだと思う。
トーマス君と過ごした三年間はみんなで同じように泣いたり笑ったり怒ったり のどかで楽しかったのだと思う。
どうしてこんなことを思い出したのか・・・それから5年後 私たちが高校一年生になった時 アメリカに帰ったはずのトーマス君が突然現れたのだ。私たちがやっと15歳になった頃 トーマス君は18歳になっていて「ベトナム戦争に行く前に 子どもの頃一緒に過ごした私たちに会いたかった」とやって来たのだった。トーマス君は日本語を忘れてしまって 私たちも英語を話せず 身振り手振りと片言の英語で一体何を話したのやら・・・ただ「ベトナム戦争」が他人事ではなく重くのしかかってきた感じで 私たちはトーマス君が生きて帰って来ることを祈った。
その後の消息はわからないけれど きっと生きていると信じている。

「あの頃」がたくさんある。年をとったということだなぁ。
 

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# by paopaoy | 2016-10-18 00:05 | 子どものころ | Comments(2)
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