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オイヨーツライヨー
気になる串本弁のひとつで「オイヨー」は おぉ!とか あぁ!というような言葉で それに続く「ツライヨー」は辛いのだけれども (自分のことではなく)他者を気の毒がる時に使う、と「串本地方の方言」という本に書いてある。しかし「オイヨー 情けないよう」は自分を嘆いての言葉であろうか。

「どもならん」という言葉について書こうと思っていたのに 「オイヨー」になっってしまった。どちらも典型的な串本弁で よく使われている。
「どもならん」は手におえん、どうにもならんということで「どもならん子(こぉ)やぁなぁ」とわんぱく者や 手におえぬいたずらっ児に使っていたが いまや「どもならん大人」の方が多くなってきているように思う。

それで「オイヨーツライヨー」の日々なのである。しかし、これで終わってはいけないのである。
「オイヨーツライヨー音頭」とか「どもならん節」とか作って 歌って踊って 切り抜けることができないものか・・・
落ち込んだら 笑うことにする。あほな自分を笑い飛ばして 次に進むしかない。
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by paopaoy | 2015-11-29 23:39 | 言葉 | Comments(0)
60の手習い
60歳の6月からピアノを習い始めて早や半年。なんとかまだ続いている。家でのお稽古もほぼ毎日、といっても家にはピアノはない。末妹から借りているキーボードと 店ではくるくる巻きの平ぺったいロールピアノで 椅子に座ってではなく どちらも三味線と同じく正座して弾いている。ペダルはない。

これは今に始まったことではなく 子どもの頃にピアノを習っていた時も 家にはピアノはなかった。姉の家に行って姉のピアノでお稽古していたのだ。あまり真面目にお稽古しなかったので 小学校を卒業する頃にはまだブルグミュラーの途中でやめてしまったのだった。

40年以上も経って またブルグミュラーから始めたけれど 耳が曲を覚えていることに驚いた。手もなんとか動くし 譜面が読めるのにもびっくり。これは子どもの頃に体で覚えた水泳や自転車に乗れるのと同じようなことなのかな・・・?半年で 14番の「スティリアの女」まで進んだのは 子どもの頃の進み具合よりもうんと早いのだ。先生のご指導のおかげです。ありがとうございます。

50の手習いで三味線を弾いていたので お稽古をどうしたらよいのかが 子どもの頃よりはよく理解できていたのでよかったのかな・・・と思う。お稽古が苦にならないというか 楽しくできる。

来週から「ソナチネ Ⅰ」の7番を習うので おさらいを始めている。
家ではなんとか弾けていても 先生の前に行ったら思いっきり緊張して とちってしまう。そこのところが改善されるようにするためには やっぱり稽古するしかないのだ。がんばるポン。
 
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by paopaoy | 2015-11-23 21:14 | 音・楽 | Comments(2)
あな憂(う)
土曜の夜に「あ~うたとい」と思ったのである。情けない、物憂い、面倒くさいという意味の この地の方言である。雨は降り続き 暑いのだか寒いのだかわからない季節感のない日々に 商店街を歩く人もなく もう際限なく「ウタテナイ」状況だったのである。

しかし この「うたて」は確か古文にあったぞ!と思い 新明解古語辞典を引っ張り出してみた。ありました! 
(悪い方に)普通でなく なぜか格別に 次に嘆かわしい意味を伴って まずいことに 困ったことにの意。
「うたてし」は いやだ とか なげかわしい ということらしいけど。

串本弁の「うたとい」は 思いっきり「うっとうしい」ってことみたい。

「あな憂」と言えば「ああ いやだなあ」「ああ つらい」ということらしく 「事しあれば嘆かれぬ あなう世の中」
(何かあると まっさきについため息が出てしまう。ああ つらいなあ この世の中は)

「あな暗」は おやまあ真っ暗だ。「あな疾」は まあ早いことだ。その調子で「あな憂」「あな憂」と言っていると面白くなってきた。気が晴れたということか。

気分転換にはいいみたい。「串本地方の方言」という本と「新明解古語辞典」があれば うたて晴れ。
 
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by paopaoy | 2015-11-15 22:02 | 言葉 | Comments(0)
さんまさんの・・・
樫野のおかあさんと話をしていると 時々「えっ!今なんて言ったの?おかあさん。」と思う発言が多々ある。
その時聞いた言葉は「さんまさんの・・・」だった。「さんまさんって 誰?もしかして あのさんまさん?」
さんまさんって その人しかいないでしょ・・・と思って 話を聞くと 今年で86歳の連れ合いのおかあさんの生家は魚の仲買の仕事をしていたと言うことで おかあさんが子どもの頃 古座からさんまさんのおじいさんが さんまさんのおとうさんを連れて船に乗って 魚を買いに樫野に来ていたと言うのだ。
さんまさんは 私と同じ昭和30年に古座で生まれたということで 当時は隣町だった。今は合併して串本町だけど。
私が言いたいのは 樫野は古座と向かい合っているということ。樫野の裏の浜の目の前は田原だ。今は山の上のごみ焼却炉の白くて長い煙突が真正面に見える。串本なんて何も見えない。合併はしたけれど 橋も架かっていない昔は 樫野は古座と海を越えて繋がっていた。
そして 古座からさらに太地の梶取崎の方まで見渡せる。樫野の前の浜に アメリカからレディ・ワシントン号がやって来た時 下里の高芝の伊達李俊は小船に乗って レディ・ワシントン号に近づこうとした。

紀伊大島の樫野は 島の東の端にあって 海から上ってくる太陽(日の出)を見ることができる。
串本から樫野は見えない。
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by paopaoy | 2015-11-08 21:44 | 土地 | Comments(0)
芝居の道
樫野の集落に入り 浜へ下りずに真っ直ぐ進むと 道幅が少し広くなり三叉路が見えてくる。この広い道が「芝居の道」だと連れ合いが教えてくれた。その昔、まだテレビもラジオも何もない頃のこと 船でしか来ることができない小さな島の そのまた東のはずれにあるこの道で どんな芝居や歌や踊りがされていたのだろうか。

今はただの道で 三叉路の広い方の道を行くと阿野木の浜と前の浜 海金剛や日米修好記念館に続いている。時々観光客の車が通っていく。もう一方は車一台がぎりぎり通る狭い路地だ。昔は道も舗装されていなくて土の道だった。野外であるし あまり音は響かないのかなと思う。

三味線のお稽古を続けているけれど 他の人と合わせて弾けそうもないので よく冗談で一人で歩いて門付けできるようになったらいいんだけど・・・と言ったりしていた。芝居の道で三味線を弾く自分を想像してみたりする。あるいはアコーディオンを抱えて歌ってみるとか・・・できっこないけど 芝居の道には「ロマン」があると思う。「芝居の道」という言葉に「ロマン」があるのだな。

土の道の 三叉路の前で 白塗りの顔で赤いぺらぺらの着物など着て 三味線を弾いて 昔の人には考えられないような現代舞踏など踊り ストリートパフォーマンスができるくらい度胸のある人間にはとうとうなれそうもない。
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by paopaoy | 2015-11-07 21:17 | 土地 | Comments(0)
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