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夏うぐいす
84歳の私の母は 長年俳句と俳画を趣味にしていて 感心するほど真面目に励んでいる。居間にはいつも自作の色紙が何枚も飾ってある。最近見かけて気になる句があった。それは紫の菖蒲の花に添えられた句で 「山一つ 夏うぐいすの声を出す」 というもので 他の俳画の句は母の句だけれど これは・・・と思って名前を見ると「照敏句」と書いてあった。

「照敏(てるとし)さんって 誰?」 調べました。 平井照敏(しょうびん)さん。俳人の方でした。

「夏うぐいす」は「老鶯」あるいは「乱鶯」「狂鶯」ともいうらしい。うぐいすは春だけじゃないのね。そういえば今でも 時々うぐいすの声を聴くことがある。春先よりも上手に鳴くから成長したのね~と思っていたら すでに老成していたのですか。それはともかく 山一つというのがすごいと思ったのだった。

それから 照敏さんの句を読んでいたら 気になる句がまだまだあった。難しい句は苦手だけれど 照敏さんの句は 私の感性に呼びかけてくれる感じがする。

「サルビアの咲く 猫町に出にけり」
「金色の 老人に逢ふ 暮れの町」
「遠足をしてゐて 遠足したくなる」

そして これ! 「秋の夜の 足音もみなフランス語」 
照敏さんは フランス文学者の方で この句は昭和46年の作。パリでの生活がはじまった頃の フランス語
ノイローゼを思い出して作ったものらしい。「読者は全部これを美しい句と詠むようだ。それも仕方あるまい。」と書いてあった。

私は フランス語は習ったこともなければ 行ったこともない。なんとなく好きというだけで 42年前にフランス語を習っていた友人から聞いた「ケスクセとコマンタレブー」という言葉の響きが面白くて書いた文章が このブログの不動の一位になっている。
訳わからんけど それも仕方あるまい・・・かな?

これから 勝手に照敏先生の弟子になろう。もうすでにお亡くなりになっていらっしゃるけれど もっと句を読んで鑑賞したいと思っている。
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by paopaoy | 2015-06-29 23:37 | 詩歌 | Comments(0)
長いお別れ
これは 中島京子さんの小説のタイトル。今日読み終えて 泣いた。
「認知症の父と家族のあたたかくて、切ない十年の日々。」
もうそのまんま 自分の父親と重ね合わせてしまって あれこれと思い出しては泣いていた。

小説のお父さんも始まりは 同窓会に出かけて辿り着けずに帰って来たことからだった。
そういえば私の父も東京での同窓会に一人で出かけて タクシーに乗って どこに行けばいいのかわからなくなって あの日の午後 世田谷の警察署から電話がかかってきたのだった。自分の名前と店の電話番号だけ
覚えていたらしい。すぐに東京にいる妹に電話して迎えに行ってもらったのだった。
認知症というのは もう随分と前から始まっていても なかなか認めたくない気持ちがあって 後から思うとあれもこれもと思いいたることがたくさんある。ああすればよかった、こうすればよかった・・・なんて もうしかたのないことばかり。
一番大変だったのは 老老介護になってしまった母だったのだと 改めてこの小説を読んで思い知った。
そして 父が亡くなって五年たって 認知症だった父の思い出が鮮やかに残っていることに驚く。

中島京子さんの本は 「ココ・マッカリーナの机」から「FUTON」「イトウの恋」『小さいおうち」・・・とほぼ全作読んできたけれど 私はこの「長いお別れ」が好きだ。
小説の最後に アメリカにいる孫がおじいさんが死んだことを 校長先生に話したら 「十年か。長いね。長いお別れ(ロンググッドバイ)だね。」と言って「長いお別れ」と呼ぶんだよ、その病気をね。少しずつ記憶を失くして、ゆっくりゆっくり遠ざかって行くから。と書いてあって 私はもう泣くしかなかった。
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by paopaoy | 2015-06-22 22:23 | 父のこと | Comments(0)
音楽の時間です
晩御飯を食べて 後片付けをして 8時頃になったら「音楽」の時間となる。
私の音楽室は 母屋の仏間で勝手に三味線とピアノのお稽古をしている。
三味線はまず調弦をしないといけないので ちょっと時間がかかる。
弾いていてもすぐ音が変わってしまうので 何度も音合わせをする。
ピアノはいきなり弾けたりするのでいいなと思う。しかし私のピアノは本物ではなく 卓上のキーボードだけれど。これは東京にいる姪が子どもの頃に使っていたのを譲ってもらった。
三味線も姉に貰ったものだけど。おかげさまで とても助かっている。私には楽器を買う余裕はない。

三味線もピアノも 楽譜を読み 音を聴き 右手と左手は違う動きをする。
音は全然違うけど お稽古は同じこと。繰り返し繰り返し 何度も弾く。弾いているうちに音を覚えてしまう。
三味線を続けていたおかげで ピアノのお稽古が苦にならなくなった。

実は子どもの頃 ピアノを習っていた。あまりお稽古をしなくて なかなか上手に弾けなくて やめてしまった。私のピアノは小学校卒業で終わり それから48年間封印されていた。だから まさか還暦になって再びピアノを弾くことになるなんて 夢にも思わなかった。

音楽の時間が 毎日の楽しみになりつつある。
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by paopaoy | 2015-06-10 21:52 | 音・楽 | Comments(0)
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