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ともだち100にん
まど・みちおさんの「一年生になったら」という歌の中の「ともだち100にんできるかな」というところが妙に心に引っかかっていた。無理。私には「ともだち100にん」なんて とても無理。 

頭から否定してはいけないよね。一年生の夢を壊すようなことを言ってはいけない。
まどさんは「100にんで 富士山の上でおにぎりを食べたいな」と歌っているのだ。
そして「100にんで 日本中をひとまわりかけたくて」 「世界中をふるわせて わらいたい」
パックン パックン、ドッシン ドッシン、ワッハハ ワッハハ。

歌ってみよう。いい歌だ。

ただ現実に100人という数は難しい。いやな大人だな 私は。
少数の「みんなで」という感覚で受け止めよう。年をとるほどに気持ちが退化していくみたいだ。

それなのに 還暦記念の同窓会のお世話係りになってしまった。
私たちは一クラス40人以上で8クラス 320人以上なのだ。どうなることやら 今連絡をするために わからなくなってしまった人たちを探している。

「ともだち100にん」でびびっていたのに 「ともだち300にん」以上だよ。
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by paopaoy | 2015-02-27 22:34 | 気持ち | Comments(0)
平と変
思えばずっと変人として生きてきた。物心ついたころから 何か行動する度に家族の誰かが言うのだった。
「変わったぁるよぅ。」 これはこの地の方言で「変わっている。」ということで 私にはいつもこの言葉がついてまわった。
何が変わっているのか もちろん幼い私には理解できなかったけれど 今思えば大多数の子どもたちと同じ行動をとらなかったということだろう。たぶん 年をとった今でも少数民族のままである。

平(へい)は平常心とか平気であるとか 落ち着いた気持ちでいられること。私の心は大抵波打っているのですーっと凪いでいるような状態はあまりないような気がする。特に対人関係が苦手でよく商売をしているなと我ながら思う。誰も来ない店の中で一人 どんぶらこ、どんぶらこと荒波を漕いでいる気分なのである。

平と変の波間を漂っている。
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by paopaoy | 2015-02-22 21:58 | 気持ち | Comments(0)
滅びていく道
何年か前にK君がくれた10枚のCDの中に 何度聴いても心に残る歌があった。
最初は歌の題名も歌っているのが誰なのかもわからないまま ただ聴いていた。

「生まれた時から 僕たちは 滅びていく道の上にいる」と歌っているのだ。
それは 加川良の「幸せそうな人たち」という歌だった。

そうか。私たちは滅びていく道の上にいるんだ。それはすでに生まれた時から始まっているのだと納得できる歌声だった。作詞、作曲は大塚康弘さん。

詩の中の 「青い春は石をはがし 赤い夏に石を投げた
        白い秋は石を切り出し 黒い冬に石を敷く」 というところが心に沁みる。

そういえば 堀江敏幸さんの小説で初めて読んだのが「熊の敷石」だった。
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by paopaoy | 2015-02-14 21:11 | 詩歌 | Comments(0)
二月の詩
それは「浅き春に寄せて」という立原道造の詩だった。
中学生のころに覚えた詩は 長い時を経てもふいに現われ出たりする。

    今は二月 たったそれだけ あたりにはもう春がきこえてゐる
    だけれどもたったそれだけ 昔むかしの約束はもうのこらない

    今は二月 たった一度だけ 夢の中にささやいて ひとはゐない
    だけれどもたった一度だけ そのひとは私のためにほほゑんだ

    さう!花はまたひらくであらう さうして鳥はかはらずに啼いて
    人びとは春のなかに笑みかはすであらう

    今は二月 雪の面につづいた 私のみだれた足跡・・・それだけ
    たったそれだけ・・・ 私には・・・
                       「優しき歌 1」より


今は二月 あたりにはもう春がきこえていてもいいと思うのに 年をとると春が遠い。
この詩は声に出して耳で聴くといいのだと思う。胸に響いて心に入ってくる。
そうして昔むかしの少女は おばあさんになった私に 二月の詩を届けてくれた。

 
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by paopaoy | 2015-02-08 20:52 | 詩歌 | Comments(0)
果て
ここしばらく「は」のことばかり考えていた。「は」のつく言葉を探していたのだ。
紀伊半島の山の向こうに「果無山脈」がある。紀伊半島のほとんどは山、また山で 私たちが暮らしているのは海岸線に沿ってのわずかな土地だ。山は果てなく続いていても ここは地の果て「本州最南端」。

ポルトガルのロカ岬の写真を見た時 「一緒やん」と思ったけど 「ここに地終わり海始まる」という言葉を聞いたら 「まいった。ここは文化果つるところやった。」果てなのである。

中央に生まれ暮らしている人たちには決してわからないだろうと思える「飢餓感」がある。
自然は豊かで 食べ物は魚も野菜も果実もある。けれども「文化」には飢えている。年をとるほどに強烈に。
これは 私の「成れの果て」ということか・・・
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by paopaoy | 2015-02-04 22:07 | 気持ち | Comments(0)
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