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52歳
五十代がこんなにしんどい年代だなんて、四十代には想像もしなかった。
夜、どんなに疲れていても 朝起きたら 元気になって頑張れた。
今は どんなに眠っても 朝の体の重いこと!まるで水を吸い込んだ綿のよう。
頭も重くて、どんよりしている。
これが 老化ということか・・・

以前から 思っていたことは 六十代,七十代の女の人はしゃんと
しているということ。
勿論 それぞれいろんな状況にあるとしても 先日 私が電車の中で
お見かけした御婦人方は 目からうろこの びっくり!でした。
座席が近いので 聞くつもりはないけれど聞こえてしまう話の中で
朝早い電車に乗って 日帰りで一人で 京都の相国寺まで「若冲展」を
見に行かれるとか。
もう二人は一緒に 能と狂言の会ということで 失礼ながら
 御幾つなんだろう?と思っていたら、「私たち、来年は喜寿だから」と
聞こえてきて ますますびっくり!
きれいにおしゃれもされていて とても「おばあさん」なんて言えないのです。

気持ちの持ちようでこんなに違ってくるのだとしたら、今の私はすっかり
老け込んでしまっている。
心も体も 変わり目のこの時を何とか乗り越えたら 楽しく生きることが
出来るのか。
あとどのくらい続くのか 五十代の人生の谷間。
埋もれてしまわないように と 天を仰ぐ。
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by paopaoy | 2007-05-31 07:40 | 気持ち | Comments(0)
雨の日は長靴を履こう!
子どものころは 雨が降ると長靴を履いていた。
少し大きくなると 雨が降っても長靴を履かなくなった。
そうして 長靴離れしてしまったので 出かけるとき
雨が降っていても 普通に靴を履いて出かけてしまう。
私は 歩き方が悪いのか、どの靴もみな 靴底に穴が
あいている。、
毎回 靴は勿論のこと、靴下までびしょぬれになる。
いやだな~と思うのに いつも同じことを繰り返している。

「そうだ!長靴を履けばいいんだ。」
こんな単純なこと どうして気が着かなかったのだろう。
靴が濡れるから 出かけるのがいやだと思っていたけれど
長靴を履いたら 雨の日を楽しむことが出来るかもしれない。

雨の日は 長靴を履こう!
傘をさして 長靴を履いて 楽しく歩こう。
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by paopaoy | 2007-05-27 06:37 | 生活 | Comments(1)
只今 制作中
思いつき、というのか 浮かんだイメージは早くつかまえておかないと
消えてしまうので ずっと形にする作業をしていました。
絵を描くというのであれば 描くとか 絵の具を塗る作業ですが
私の場合、いつも計算から始まります。
画面のどの位置に何を置くか、その画面の中心を決めたりします。
それから 線を引いたり 図形を作ったり 切ったり貼ったり 全く
絵を描くという体勢ではありません。
色を塗るのは 一番最後、形が全て決まってから。
さて、一体何を作っているのでしょうね?
出来上がるまでは わかりません。
この作業が楽しくて 試行錯誤を繰り返しながら 続けています。
その作る楽しみが 私の作品だから 出来上がったものがどんなに
とんでもないものであろうと 構わないのです。
という訳で これが始まったら 他のことが出来なくてお休みしています。
描く(作る)ことと 書くことは 自分の中の違う器官を使っているようなので
同時には出来ないのです。
って 単に不器用なだけ でしょうね。
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by paopaoy | 2007-05-23 06:15 | | Comments(2)
心の地下水
「心の地下水を掘り当てよう。地下水はどこにでもつながっているから。」

ふいに 心の中に浮かんだこの言葉。
一体 どこから出てきたのだろう・・・しばらく思い起こしていた。
確か 中学生の頃 ノートに書いたのだ。
読んでいた本など 思い出す。
そうだ! 石森延男 だ!
本の名前は定かではないが 記憶にあるのは「ふしぎなカーニバル」
それと同時に TVドラマの「中学生日記」を思い出した。

中学生の時から 掘り始めた心の地下水は どこに繋がったのだろうと
思っていたけれど それは 人と繋がるということではなく 自分の中で
色んな流れになっているのかもしれない。
血が流れるように 色んな思いが せせらぎであったり 激流になったり
しながら 体内を流れて行く。

庄原で井戸を掘ってもらった時、湧き出した水は 六年かかって大山から
流れてきた水だと聞いた。
雪解け水なのか、清らかな 美味しい水だった。

時間をかけて 静かにつながっていく地下水を 心の中に持ち続けたい。
誰につながっても 何処につながっても それは 私の中に流れているから。
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by paopaoy | 2007-05-17 06:28 | 言葉 | Comments(3)
ぶれないこと
何があっても これだけは守りたいというものがあれば
気持ちが あっちに行ったり こっちに揺れたりしないで
真っ直ぐ 立っていたい と思う。
本当は 逃げ出したくなったり その場にしゃがみこんだり
泣きたくなることばかりあるけど
足を踏ん張って 倒れそうになる自分を支えたい。
決して強くない、あかんたれの自分だから
失敗ばかり 繰り返してきた。

ぶれないこと。
これが 一番難しい。

大切なことは 信じること。
自分に自信がないと 気持ちが ぶれる。
自分を信じて 真っ直ぐ立っていたい と切に思う。

ぶれないこと。
何があっても 変わらない自分でいたい。
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by paopaoy | 2007-05-14 07:11 | 気持ち | Comments(1)
一心不乱
薄切りにした大量の玉葱を炒めている時、私は 一心不乱。
白い玉葱が透きとおってきて 狐色になって 飴色になるまで
無心で ただ手を動かす。
仕事をする時は こんなにも頑張らないのにね。
絵を描く時、本を読む時、玉葱を炒める時は 真剣だ。

何かに集中する時は 音はない方がいいけれど
玉葱を炒める時に ぴったりの音楽がある。

アヌガマの「エキゾチック・ダンス」
力強く激しい打楽器の連打、アフリカン・ビートを聴きながら
一心不乱に 玉葱を炒める。
想像したら 怖い・・・と思う。しないように・・・と祈る。

アフリカの太鼓が好きなので 音に浸りたいと思う。
目を閉じて アフリカの大地に立とう。

玉葱が焦げる!
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by paopaoy | 2007-05-13 09:02 | 音・楽 | Comments(0)
ダチョウの絵
6月の絵の作品展の為に 描き始めている。
本当は 昨日の写真の薔薇を描こうと思っていた。
花の絵は 10年前にひまわりを描いて以来、描いたことがない。
綺麗に咲いている時は描けなくて 枯れてから描いてみたけど
やっぱり 花の絵は描けない。

描きかけて 長いこと放っておいたダチョウの絵を引っ張り出してきて
クレパスで塗ることにした。
アクリル絵の具の上に クレパスを塗り重ねていく。
絵を描くときは まるで子どものようだと思う。
クレパスを使っているから よけいにそう思うのかな。

絵を描くことは 特別なことではないと 思うのだ。
原始時代から人間は洞窟の中で絵を描き、子どもの頃は嬉しそうに
落書きをした。
上手だとか下手だとか関係なく 人が何と言おうと関係なく
好きなように 描きたい絵を描けばいいのだ。

私は ダチョウの絵を描く。描きたいから 描く。
それでいいのだ!天才バカボンみたいだね。

ランニングハイがあるように クレパス握って塗りたくっていると
ハイになる。灰になるまで 描くことにしよう。
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by paopaoy | 2007-05-05 06:58 | | Comments(2)
枯れていく薔薇
庭に咲いた深紅の薔薇を切って 緑色の硝子瓶に挿して食卓の上に置いた。
大きな花が一つ、中位の開き始めた花が一つ、そしてもう一つは小さな蕾。
毎日 眺めている。
咲き誇っていた薔薇は、日に日に枯れていく。
大きな花は 少しずつ小さくなり、中位の花は 大きく花開くことなく
蕾は蕾のまま 枯れていく。
その姿がいとおしくて ずっと見ていようと思った。
誰であれ 何であれ 若くて新しい時は 美しいものだと思う。
けれども 枯れていく姿も美しいと思えた。
蒼ざめて 項垂れて 物言わなくても、揺るがなく存在している。
年老いていく自分を ありのままの自分を 誤魔化すことなく見るのだ
と 枯れていく薔薇が 静かに教えてくれた。
a0090048_16291473.jpg

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by paopaoy | 2007-05-02 20:24 | 気持ち | Comments(0)
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