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狐の鳴き声
山の上で暮らしていた頃に聴いたことがある。
コンコンではなく、ケ~ンケ~ンと鳴いていた。
最初は何の声だかわからなかった。
暗闇の中で 哀しそうに響いていた。
その時は 声だけだったけど、夜、車で里山の田んぼのあぜ道を
走っている時、月明かりの下で 狐の姿を見た。美しかった。
月の光に照らされて、白く輝いて見えた。一瞬だった。

狸はよく見かけるけれど、狐はそれ以来見たことがない。
狐は、中国山地の400mの山の上、最近では、ここに来る前に
住んでいた高台の住宅地で、鹿をよく見かけた。
鹿は、車ですぐそばを通っても、逃げないでこちらをじっと見ている。

時々、闇の中でミュ~ンミュ~ンと声がした。
切なく哀しく聴こえた。、小鹿さん、おかあさんとはぐれたの?
と思ったりしたけど、狐も鹿も 闇の中で響く声は ことさら
哀しく聴こえるのだろう。
人工の明かりもなく、車の走る音も聞こえない山の中で
私も 獣のように 啼いてみたかった。
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by paopaoy | 2007-01-31 06:31 | 音・楽 | Comments(0)
日記
その日にあったことを書くのが日記なら
ここに書いていることは 日記ではない。
タイトルの言葉について、自分の中から
何かないかなと引っぱってきているだけ。
だから
時々書けなくなる。

「夏休みの日記は、三枚書けばいいの。」
何年か前の夏休みの頃、小学一年生の
女の子から聞いて びっくりした。
えっ!三枚だけでいいの?
なかなか毎日書けないものね、と納得。

今日は何をしました。と書こうとすると
ほとんど毎日同じことになってしまう。
その中から 何かみつけるのが感性かな。

今、茨木のり子さんの言葉が響いてきた。
 自分の感受性くらい
       自分で守れ
       ばかものよ

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by paopaoy | 2007-01-30 19:16 | 気持ち | Comments(0)
おおきに
関西では「ありがとう」を「おおきに」と言う。
多分に漏れず、この地でも「おおきに」と言うのだが
子どもの頃から妙な違和感があった。
大阪の「おおきに」とは イントネーションが違うのだ。

二番目の「お」にアクセントがあるのが 一般的で
最初の「お」が強いのが、ここの「おおきに」だ。

これは 実際に聞いてみないとわからないだろうな。
そして、時に「おおきに」のあとに「よー」がつく。

「おおきによー」
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by paopaoy | 2007-01-25 06:29 | 言葉 | Comments(4)
ラジオ
今ではもう聴くことがないが、ラジオ命の時代があった。
中学生になって、祖父母の家に自分だけの部屋を持つことができた。
その時から、小さなラジオに耳を傾け始めた。勉強もそっちのけで
ラジオの音楽番組ばかり聴いていたのだ。
性能のよくないラジオから、聴いたことのない音楽が次々流れ
わたしはもう夢中だった。
時につけっぱなしで眠ってしまい、祖父にラジオを取り上げられた。
「もう二度としません。」と泣いて謝り、また何度も同じことを繰り返した。

高校生になって「オールナイトニッポン」を聴いた。今思えば、海辺の町
だから 東京からの電波を受けることができたのだろう。オープニングの
音楽と 亀淵さんの声を思い出す。時々、文化放送のレモンちゃんの声も
聴こえた。

京都の下宿で聴いたのは 近畿放送だった。
ユーミンの「ひこうき雲」を初めて聴いた。衝撃的だった。

FM放送もよく聴いた。よくjazzを録音した。
30代後半から 働き始めて ラジオを聴かなくなったのだ。
レコードがCDに変わっていったのも 同じ頃だったような気がする。
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by paopaoy | 2007-01-23 07:20 | 子どものころ | Comments(0)
芦雪の虎
串本の無量寺に 長沢芦雪の虎の絵がある。
高校二年の美術の授業で 応挙・芦雪館に行って
虎の絵の模写をしたことがある。
大きな襖絵の前に立って、しばらく虎とにらみ合った。
何ものかと対峙した、初めての体験だった。
大きな虎は 意外にも可愛くて 体温を感じるような
気がした。
それから時々、虎に会いに行った。
串本を離れてから 美術雑誌などで芦雪の虎を見かける
ようになって すごいものが身近にあったのだと思った。

宮本先生に 応挙や芦雪のことを教えていただいた、あの
高校二年の美術の授業は 私たちの宝物だと思う。   
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by paopaoy | 2007-01-21 06:52 | | Comments(0)
瑠璃色
紫がかった深い青色。
春先に咲くオオイヌノフグリの花の色。
森の中のオオルリの羽の色。
そして ラピスラズリの石の色。
 古代ローマの博物学者プリニウスは
 星のきらめく「天空の破片」と表現した。
 金色の斑点が輝く群青の石。

昔は 顔料のウルトラマリンの原料だった。
フェルメールの「真珠の耳飾の少女」のターバンの色。
だから「フェルメールブルー」とも呼ばれる。

私のガラスの涙壺の色。
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by paopaoy | 2007-01-20 06:43 | | Comments(0)
マダガスカル
バオバブ、カメレオン、ワオキツネザル、シファカ
そして、ノシイランジャの砂州。

マダガスカルへ行きたいと思う。

インド洋に浮かぶ孤高の大島。日本の1.6倍の面積があるという。
8000万年前から、孤立した生態系の中で独自な進化を遂げた
動植物の宝庫だ。

写真をみるだけで ワクワクしている。
本物のバオバブを見てみたい。触ってみたい。

日本の小さな大島と マダガスカルは、海で繋がっている。
この海をずんずん進めば マダガスカルだ。
さあ、船出しよう!
と思えども、やっぱり遠い。遠い夢。
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by paopaoy | 2007-01-19 08:03 | 土地 | Comments(0)
ここは串本 むかいは大島
中をとりもつ巡航船は 今はもうない。
橋を渡って 大島へ行く。車に乗ればすぐに行ける。
便利になった。けれども、船に乗る楽しみはなくなった。

私の三味線の入門は 串本節だった。
それまで触ったことのない三味線を抱えて 悪戦苦闘の日々。
なんとか ひけるようになった。
面白くなってきたので 長唄をはじめた。

長唄のお稽古をしながら 時々串本節をひいてみる。
「トンチチンチリ、トンチチンチリ、トンツトンツ、テントテチリテツ、
テンチンチリテツ、テンシャンシャン・・・」

この町では 夕方5時と 夜9時に 串本節のメロディが流れる。
私の耳には 口三味線の「トンチチンチリ」と聴こえる。

ところで、何度変換しても 「串も飛ぶし」と出る。
串本の魚「トビウオ」は 飛ぶし。
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by paopaoy | 2007-01-18 06:16 | 音・楽 | Comments(0)
七つの子
作詞 野口雨情
作曲 本居長世

   烏なぜ啼くの 烏は山に 可愛い七つの子があるからよ
   可愛 可愛と 烏は啼くの 可愛 可愛と啼くんだよ
   山の古巣に 行って見て御覧 丸い眼をしたいい子だよ

小学校一、二年生の頃、お遊戯で 子烏の役をした。
今でも覚えているのは、母烏役のよしこちゃんがその後引っ越して
淋しくなってしまったから。

ずっと どうして七つなんだろうと思っていた。
調べてみたら 色んなことが書いてあった。
七羽、七歳、七つはたくさんあること、幼いという意味だとか。

鳥にはコロニー(集団で住む居住地)があって ここ大島でも
苗我島が烏のコロニーのようだ。
それぞれの巣の中に それぞれの可愛い子どもたちがいるのだ
と思う。
カアカアという鳴声が 可愛可愛と聴こえるのだな。

今、三味線のお稽古で 「小雅」(こがらす)をひいている。
   からす からす ちびがらす 黒いおしゃれな ちびがらす
      裏の小川で 行水使うて ふらふら案山子に 笑われた
      黒いおしゃれな ちびがらす


長唄では 烏が 雅なのだ。
「烏の行水」は さっさと入って きれいに洗わないことのように
云われているが 存外 烏は綺麗好きだと思う。
偶然 烏の水浴びを見た人が書いていた。 とても美しい光景
だったと。
何となく 敬遠してしまう烏だけど 見方を変えれば 自分たちと
同じ。昔から そうして歌われてきた 懐かしい歌、七つの子。
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by paopaoy | 2007-01-17 06:36 | 詩歌 | Comments(0)
かましまへんけどな
京都市中京区押小路堺町の下宿のおばあちゃんは
私が、何かをしてもいいですか?と尋ねると いつも
「かましまへんけどな。」と答えた。
19歳の娘は そうしてもいいんだ!と思い込んでは
いつも 後から注意されるのだった。
そのころは 何にもわからなかった。
今思えば、「かましまへんけどな」は 「絶対あかん」
ということだったのだ。

やんわりと否定するなんて 京都の雅な感覚は
田舎娘には理解できるものではなかった。

今でも時々耳の奥で おばあちゃんの「かましまへんけどな」が
響いている。強烈なカルチャーショックだった。

ところで おばあちゃんだと、思い込んでいたけれど 案外
若かったのかもしれない。 自分も年をとってから そんなことを
いうのは申し訳ない話だけど。
19の私には しっかり「おばあちゃん」に見えてしまった。
ごめんなさい。
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by paopaoy | 2007-01-13 07:01 | 成安時代 | Comments(5)
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